診療所の個人経営と医療法人化には、どちらにもメリット・デメリットはありますが、医療法人化すると資金調達がし易い、事業展開ができる、節税対策ができるなどといったメリットや働く職員にとっても収入の安定や知識・技術の向上など多くのメリットが得られます。本記事では「医療法人と個人経営診療所の違い」・「医療法人化のメリット」・「医療法人で働くメリット」・「医療法人設立に向けて」を解説します。

医療法人と個人経営診療所の違い

医療法人と個人が経営する病院・診療所とでは事業の目的や開設できる施設の数、設立時の手続き等様々な違いがあり、実際にどのようなメリットや特徴があるのか理解しておくことが重要になります。以下では医療法人と個人経営の違い、特徴について詳しく解説します。

医療法人とは

医療法人とは、病院、医師若しくは歯科医師が常時勤務する診療所又は介護老人保険施設を開設しようとする 社団または 財団を指します。「病院」・「介護老人保健施設」・「有料老人ホーム」・「通所リハビリテーション」・「訪問看護」などを経営しています。

医療法人の特徴

医療法人には大まかに下記3つの特徴があります。

  1. 医療法人では営利性を求めないため剰余金の配当が法律で禁止されています。財産は国や地方自治体、その他の医療法人、医師会に帰属されます。
  2. 個人事業主よりも資金を集めやすく、医療の高度化につながります。
  3. 診療業務に必要な施設や資産を有して、各都道府県知事から認可を得る必要があります。

医療法人の種類

医療法人は大まかに「社団医療法人」と「財団医療法人」の2種類に分けられます。

社団医療法人とは

社団医療法人とは、複数の役員や社員が集まることで設立される法人です。人の集まりが基盤となっており、法人の構造は株式会社に近く、運営がしやすいのが特徴です。医療法人全体の99%を占めています。

財団医療法人とは

財団医療法人とは、個人や法人によって無償で寄附された財産を活用して設立された法人です。寄附や拠出が基盤となっており、構成員への払戻による資金の流出がないため、法人の資産が安定しやすいメリットがあります。

個人経営診療所とは

個人経営診療所とは、診療と経営の責任者が病院長個人であり、個人事業主として経営する機関を指します。医療法人とは異なり、営利目的の活動が可能です。個人病院は、20床以上のベッドがある医療機関を指しますが、無床または19床以下のベッド数の場合は「病院」という名称をつけることができないため、「クリニック」や「診療所」、「医院」などという名称になります。 医療法人では全て財産は国や地方自治体、その他の医療法人、医師会に帰属されますが、個人病院や診療所では経営者個人に帰属します。

個人経営診療所の特徴

個人経営診療所には大まかに下記3つの特徴があります。

  1. 開設できる施設数は1か所のみです。
  2. 売上から経費を差し引いたものが事業所得になります。
  3. 医療法人とは異なり、設立登記は不要です。

医療法人と個人経営診療所の違いについて表にまとめます。

医療法人個人経営診療所
業務範囲病院
診療所
介護老人保健施設
通所リハビリテーション
訪問看護
看護学校など
個人の病院・診療所のみ
開設できる病院・診療所の数複数可能1か所のみ
開設時都道府県の認可が必要各種届出のみ
設立登記必要不要
役員報酬1年固定で設定することができるなし
売上から経費を引いたものが事業所得になる
都道府県に決算書の届出必要不要
会計年度自由に決定することができる(1年以内)12月31日

医療法人化のメリット

個人経営診療所から医療法人化にすることで様々なメリットがありますが、ここでは得られるメリットを詳しく説明します。

1)節税効果がある

医療法人を設立することによって、税制上の優遇を受けることができます。具体的には、所得税率と法人税率の税率差による節税効果があります。所得税の最高税率が45%であるのに対して、法人税の最高税率は23.2%です。この税率差を利用することで、税金負担を軽減できます。

また、医療法人の場合は、給与所得控除を受けることができます。医療法人では役員報酬として給与が支払われるため、個人事業と比較して給与所得控除を受けることができます。給与所得控除の最高額は年195万円であり、これによってさらなる節税効果を受けることが可能です。

参考:国税庁「所得税の税率」「法人税の税率」「給与所得控除」

2)事業展開しやすくなる

医療法人として組織を立ち上げることで、個人クリニックではできなかった分院の開設や、他の事業の展開が可能になります。医療法人は、広い地域に医療サービスを提供することや老人介護保険施設の運営、訪問看護などの事業を行うことができます。

医療法人化することで、複数の医院を経営することができ、それぞれの医院の強みを活かし、地域に広く展開できます。

また、介護施設など、法人でないと行うことのできない事業にも取り組むことができます。医療法人設立によって、事業の拡大が可能となります。

3)社会的信用が高くなる

医療法人は法的認可を受けた組織であり信頼性が高くなります。その結果、優秀な人材の採用がしやすくなります。医療業界では、優れた医師や看護師などの専門家の存在が非常に重要です。医療法人の設立によって、これらの専門家を引きつけることができ、組織の専門性を高めることができます。

また、医療法人の設立は融資を受ける際にも有利です。銀行などの金融機関は、法的に認可された医療機関に対して、融資を行いやすくなります。医療法人はその信頼性と安定性から、公的機関からの助成金や補助金などの支援も受けやすくなり、事業の拡大や設備の充実などに役立てることができます。

さらに、社会的な信用が高まることで、患者や地域社会からの信頼も得やすくなります。医療法人は法的に認可された医療機関としての地位を持ち、倫理規定や法的要件を遵守することが求められます。これにより、組織の継続性を確保できます。

4)退職金が受け取れる

医療法人では、院長(理事長)や役員(理事)の退任時に退職金を支給できます。この退職金は法人の経費として計上されるため、節税効果も享受できます。

退職金は、長年にわたって医療機関に貢献した院長などへの感謝の気持ちや、経済的な補償として支給されます。また、退職金制度は、院長や従業員などの安心感やモチベーションの向上にもつながる重要な要素です。

5)事業承継や相続対策がしやすい

医療法人を設立することにより、将来的な事業の継続性を確保できます。医療法人は法人として独立した存在であり、個人の死亡や退職によって事業が停滞する心配がありません。そのため、子供への事業承継などもスムーズに進めることができます。

医療法人は、個人の財産とは別の法人として運営されるため、法人の財産は相続財産から除外されます。そのため、相続税の負担も軽減できます。

また、医療法人の財産は役員報酬によってコントロールでき、役員報酬を多くすることで個人の財産が増え、逆に少なくすることで法人の財産が増えることになります。これにより、事業承継や相続の際に財産の移動をスムーズに行うことができます。

医療法人で働くメリット

医療法人で働くことでどのようなメリットがあるのでしょうか。ここでは実際に医療法人で働いていた方の体験をもとに利点を解説します。

1)キャリアアップを目指すことができる

病院やクリニックが併設していることもあり医療に対する体制が整っています。ケアの知識や技術を身につけやすいので、キャリアアップにも有利になるでしょう。また、医師や看護師、理学療法士、作業療法士、言語療法士など多職種の職員が在籍しています。そのため専門的な知識やスキルを学びやすいです。研修や講習が充実している機関もあります。

2)質の高いケア・看護の提供ができる

医療法人の病院や施設では様々な職種の方が在籍しています。そのため、チームとして介入することができ、患者や利用者一人一人に必要なケアを提供することができます。

3)緊急時の対応がスムーズ

緊急時は「時間」が重要になります。ファーストタッチが早いほど患者の予後の回復率は上がる可能性があります。多くの医療設備が整っている病院では緊急時の対応がスムーズに進みやすいです。また、介護施設等は病院やクリニックが併設しているところが多く、連絡体制も整っているため情報共有がしやすいのもメリットの一つです。

4)収入の安定

経営状態が安定しているため、個人病院に比べ給与が高くなるケースが多いです。退職金制度を採用しているのもポイントです。また組織が安定しているので雇用環境が整い、長く働きやすく、急に職を失うことも少ないでしょう。

5)福利厚生の充実

従業員として重要視されるのは「福利厚生の充実」です。医療法人で働くと従業員は社会保険、厚生年金への加入が必要になります。社会保険へ加入することで様々な給付や保障を受けることができます。

上記以外にも医療法人で働くメリットは多くあります。これらのメリットにより従業員の満足度やモチベーションがあがり、従業員の成長だけでなく組織全体の生産性の向上・発展につながる効果が期待されます。また、医師や看護師の人手不足が課題となっていますが、個人経営である病院や診療所よりも医療法人の方が人材を確保しやすい傾向にあります。

医療法人設立に向けて

実際に医療法人を設立するには、大まかに「医療法人設立認可申請書の提出」→「医療法人の認可」→「医療法人の登記」の順番で進めていきます。医療法人設立の手続きは、自治体によって決められたスケジュールがあり、段階が多く複雑になっています。医療法人化は資金や事業の安定化だけでなく社会的にも大きな信用が得られ、地域により質の高い医療を提供することができます。また人手不足が懸念される中、人員の確保がしやすく従業員にとってもメリットは多くありますので、この記事を参考に法人化での開業や移行をぜひご検討ください。

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この記事の監修者 
特定行政書士 宗方 健宏

行政書士国際福祉事務所は、障害福祉医療・外国人ビザの許認可手続きに特化しております。障害福祉医療業務・国際業務に特化しておりますので、様々な事例に対応してきました。障害福祉事業所と医療法人は、設立~運営までサポートしております。障害福祉事業所は、毎月の国保連請求代行業務(株式会社IWパートナーズ)や行政による実地指導の立会いまでサポートしております。国際業務は、障害福祉事業所・医療法人・企業で外国人を雇用したい法人様をサポートしております。